所沢商工会議所のあゆみ
大正3年4月時の所沢町長、黒須百之助氏が初代会長となり、所沢商工会が組織され、続いて先代小沢綾助氏、井関丑五郎氏、先代斉藤源左衛門氏を経て山田力蔵氏が商工会長に就任したが、戦時中、商工会は解散を命ぜられ、商業報国会に名称を変更、会長に山田力蔵氏が就任した。
終戦後の昭和21年、埼玉県商工課の指示により、商工会を復活し、昭和21年から昭和24年までの間、小沢綾助氏が会長に就任、昭和25年より再び山田力蔵氏が会長に就任され、年と共に組織も強化され、地域経済の発展と、地域社会の福祉増進の役割を果たした。
この間所沢町も隣接村の合併により、行政規模も拡大され、昭和25年11月に市制が施行されるに及び、市内商工業者有志の間に、商工会議所設立が要望され、その機が熟し、有志相諮り、主管省の許可を得て昭和26年6月14日、社団法人所沢商工会議所が組織され、商工会はここに発展的解散となり、初代会頭に、当時県議の斉藤徳次郎氏が就任した。
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