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民謡流しでも使われている所沢音頭。
[♪レコードA面]
[♪B面]
※MP3ファイルで聞く事が出来ます。
「ところざわまつり」を後援する
商工会議所制定の曲です。 |
昭和25年に所沢市制施行を記念して所沢商工会議所が所沢音頭を一般公募して選ばれたのが「所沢音頭」です。
盆踊りや運動会などでも耳なじみなこの曲。作詩は山畑一雄(一翠)(当時26歳)で、西条八十が補作、古賀政男が作曲。
強力メンバーによる作品で久保幸江と加藤雅夫の唄でレコードが製作されました。
西条八十 1892〜1970 (明治25年〜昭和45年)
詩人、童謡から流行歌まで、大正・昭和に愛唱された詩を数多く創作。
大正・昭和期の詩人・仏文学者。東京都出身。早大卒。
在学中三木露風の「未来」に参加、1912年(大正元)日夏耿之介(こうのすけ)らと
高踏的詩誌「聖盃」(のち「仮面」)創刊。また「赤い鳥」に「金糸鳥(かなりや)」「肩たたき」など多くの童謡を発表 、北原白秋と並び注目を集めた。
19年詩集「砂金」では繊細な叙情詩人として好評を得た。24年、ソルボンヌ大学に留学、2年後に帰国し早大仏文科教授となる。
また、歌謡曲の作詞家として活躍。「お富さん」「愛染桂」「青い山脈」など、手掛けた流行歌は数えきれない。「東京音頭」も作詩している。
古賀政男 1904〜1978(明治37年〜昭和53年)
福岡県田口村(現在の大川市)出身。明治大学在学中にマンドリン倶楽部創設の一翼 を担う。
在学中に音楽家を目指し『影を慕いて』を発表、卒業後レコード会社の専属の作曲家として、数々の作品を発表しヒット曲を生み出す。これらは『古賀メロ
ディー』と呼ばれ今もなお愛唱されつづけている。
作曲活動のかたわら、音楽親善大使として世界各地をまわる。昭和53年に永眠。
没後国民栄誉賞を受賞、生前も多大 なる音楽文化活動の功績に対し数々の賞を受賞している。
西条八十作詩 古賀政男作曲では、
・ 誰か故郷を想はざる・昭和15年
・ 夜霧の馬車・昭 和16年
・ 戀の曼珠沙華・昭和23年
・ 雨の夜汽車・昭和23年
・ トンコ節・昭和24年
等があります。
平成8年に関係者の手で、歌碑が所沢市内喜多町に建立されました。
所沢音頭は今でも多くの人たちに愛されているといえるのではないでしょうか。
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